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2015年に処女作『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』を出版してから、あっという間に6冊のユニークな本を世に出した金井真紀さん。放送作家から「文筆家、イラストレーター」に華麗なる転身を遂げたように見えますが、紆余曲折もあったはず。金井さんに、お仕事履歴と、活躍の秘密をお聞きしました!

金井真紀さんプロフィール(うずまき堂マガジンより)
1974年生まれ。文筆家、イラストレーター。任務は「多様性をおもしろがること」。うずまき堂代表(部下は猫2匹)。
著書に『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』(いずれも皓星社)、『はたらく動物と』(ころから)、『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『子どもおもしろ歳時記』(理論社)、『サッカーことばランド』(ころから)。

似鳥裕子(以下似鳥)
今日は寒い中、ありがとうございます。あいにくの雨で、このお部屋ちょっと寒いんですけど、大丈夫でしょうか・・・。えー、ワタクシ、インタビューの達人にインタビューをするということで、朝からとても緊張しています。今日はよろしくお願いします。

金井真紀さん(以下金井)
よろしくお願いします!

世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑

『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』絵と文 金井真紀 皓星社
金井さんの記念すべき処女作。光栄なことに装丁は似鳥が担当。

似鳥
2015年に処女作を出してから、4年間で6冊も出版されて、大活躍! これはなかなかできることじゃないぞ!「何か秘密があるはず」とニラんでます! 金井さんのお仕事についてと、活躍の秘密をお聞きしたいと思います!

さて、金井さんに初めてお会いしたのは、まだ似鳥が会社に勤めていた2011年頃。たしかwebサイトを作りたい、ということで相談いただいて・・・当時はまだTVのお仕事をしていた頃でした。

金井
似鳥さんにお願いしたのは、サイトが最初でしたっけ・・・
そうです、最初のサイトを作ってもらった頃は、テレビ制作会社でリサーチや取材の仕事をしていました。

キャリアのスタートは意外にも・・・

似鳥
リサーチャー! そうでした。最初にいただいた名刺にリサーチャーって書いてありましたね! 大学を卒業してずっとテレビのお仕事だったんですか?

金井
卒業してすぐに就職したのは、児童書を手がける小さな出版社の営業部でした。

似鳥
えっ、営業ですか! 意外です!!!
最初から制作のお仕事をしていたものと、勝手に思い込んでいました。

金井
えへへ、営業もまぁまぁ得意です! それからTV制作会社に移って、さらに雑誌の編集プロダクションに転職しました。でも、編プロは過酷すぎて・・・1年でTV制作会社に出戻り・・・「送別会までしたのに、あれ?戻ってきたの?」みたいな感じでしたけど・・・ それで、出戻ってからはフリーランスとしてリサーチや取材、構成作家の仕事をしていました。

似鳥
そうでした、それで、仕事の傍、webサイト「うずまき堂マガジン」を作ることになったんですよね。

誰に頼まれたのでもなく・・・作っていた小冊子

金井
事前にいただいた質問表に「なんでwebサイトを作ろうと思ったか?」という問いがありまして、なんでだっけなぁって振り返ってみたんです。そしたら思い出したことがあって、今日、引っ張り出してきました。
これ、昔作っていたものなんですが・・・似鳥さんに見せたこと、ありましたっけ? 20代の頃に勝手に書いて、勝手に編集して、ホチキスで止めて、知人に配っていた小さな冊子です。たとえばこれは人生の師である黄先生とそのお仲間たちと中国を旅したときの記録。こっちは祖母に戦争体験を聞き書きしたもの。

金井さんの小冊子01

似鳥
初めて拝見します。おおーすごい、こんなにたくさん! あれ? イラスト描いているじゃないですか! かわいい! やっぱり、こういうのを作るのが昔からお好きだったんですね!

金井
そう・・・みたいです。当時、仕事は楽しいし、嫌じゃないけど、本当にやりたいこととはなんか違うなと、どこかで思っていて。誰に頼まれたわけでもなく、小冊子をつくって喜んでいたんですよね。

似鳥
なるほど、「誰に頼まれたのでもなく」・・・うふふ。

金井
たぶん「うずまき堂マガジン」のサイトを作ってもらうことになった原点はこれだと思います。

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brandori & nitadori

ブランディングデザイナー。トリ仲間のご縁でブランドリに師事。早稲田大学卒業後、グラフィックデザイナーとして制作会社に勤務、新国立劇場オペラ、経済系出版社、建設業の宣伝広...